大判例

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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1498号 判決 1961年11月27日

控訴人 山本喜吉

被控訴人 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の供託金の払渡をすることを命ずる。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出援用、認否は、控訴代理人において「一、本件供託金の下戻は訴外吉田勝次郎と控訴人間の私法関係によりその許否が決せらるべきものであつて、法務局は右両者間の私法関係すなわち控訴人が本件供託金の払渡を受けることが適法かどうかのみを判断すれば足り、控訴人は法務局に対し供託につき特別の手続を求めるものではない。したがつて仮に供託手続が公法関係であるとしても、異議の申立が出訴の前提要件となるものではない。供託法第一条の三は異議の申立をするか又は裁判所へ出訴するかを当事者の選択に任かした規定である。もし必ず異議の申立をすることを要するのであれば所得税法第五一条第一項のごとくその旨が法文に明記せられてある筈である。しかるに供託法第一条の三の規定がそのようになつていないのは供託金の払渡のごときはその請求が適法かどうかによつてその許否が決せらるべき性質のものであるからである。二、本訴の趣旨は大阪法務局がなした供託金払戻請求の却下に対する不服であることは訴状請求原因の記載によりおのずから明らかである。故に原審裁判所としては本訴が不適法であると思料したときは控訴人に対し本訴は大阪法務局のなした処分に対する不服の訴なりや否やの釈明を求め、もし控訴人の意思がそうであることがわかれば本訴を行政処分の抗告訴訟であると認めて請求の趣旨の訂正を命じ、また行政事件訴訟特例法第二条に規定せられた異議の申立に対する裁決を経ていない理由の釈明を求めそれが正当な理由にあたるか否かにつき陳述させなければならなかつたのである。しかるに原審裁判所は右釈明をすることなく弁論を終結したものであつてこの点からしても原判決は失当である。」と述べ、被控訴代理人において甲第一、二号証の成立を認めたほかは、

いずれも原判決事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。

理由

一、供託によつて供託当事者と供託所との間に生ずる法律関係を公法関係または私法関係のいずれと解すべきかの問題については従来いろいろ説かれてきたところであるが、当裁判所は原審裁判所の見解と同じくこれを公法関係と解する。その理由は左記二乃至四の点を附加するほか原判決説示の理由と同一であるからここに之を引用する。(なお供託には種々の型があるが、以下主として金銭又は有価証券を目的とする弁済供託について論ずる。)

二、供託は私法関係の変動を目的とするものであり、しかも右変動の契機をなす供託所の処分は受働的、かつ控訴人の主張するとおり全く裁量の余地のないいわば機械的なものであるから、供託当事者と供託所との法律関係も、供託によつて変容する右当事者間の私法的法律関係のなかに没入させて考慮し、これと異色なものとして取扱わない方が適当なようであるけれども、原判決も指摘するとおり供託には通常の私法原理では容易に理解しがたい種々の法的現象が伴つているのであり、この関係を矛盾なく理解するためには供託所及び供託当事者間の関係を供託当事者相互間の関係から分離した独自の領域として認識する以外にみちがないのである。すなわち供託当事者の一方の行為は一面、他方の供託当事者に対する関係においては私法的法律要件をなす(供託を第三者のためにする私法上の契約であるとする通説もこの意味に理解すべきである)と同時に他面、供託所との間においては公法的法律要件をなすものと解し、右私法及び公法関係両者の分立及び牽連関係を認識してこそはじめて供託をめぐる種々の法的現象を矛盾なく理解しうるのであり、沿革的にいつても供託制度は債務者をしてその責任が債権者側の事由により不当に継続することを公権力の介在によつて免れさせ、あわせて債権者および公共の利益をまもる制度として発達してきたものであつて、いわば強制執行制度と表裏の関係において私法秩序の維持と安定とを目的とする基本的制度ともいうべきものであるからその本質においてまさしく公法的制度であると解するのが相当である。

三、供託事務がその本質において公法的なものであることは右に述べたとおりであるが、現行法上それが公法または私法のいずれの領域に達するかの最終的決定にあたつては単に本質論のみでは足りず現行法規の具体的検討にまたねばならないことはいうまでもない。しかし既にふれたとおり原判決はこの点につき相当詳細な説明をしているので当裁判所は単に次の点を附加するに止める。

(イ)  登記官吏の処分に対して不服のある者は異議の申立をへたうえ、抗告訴訟を提起しうることは判例、学説の大体一致して認めるところである。登記は権利を一般に公示しこれによつて権利に対抗力を具備させるものであるからこの場合と、単に債務者、債権者間において債務の一消滅原因たるにすぎない供託の場合とを同列にみることは相当でないとする論があるけれども、登記申請却下の段階においては未だ権利の公示はなく右却下処分に直接利害関係を有する者は申請人のみであることは供託の場合と異なることがないのであるし、しかも私法秩序の維持、安定のための基本的制度であるとの点にについては供託と登記との間にさほどの本質的差異があるとはいえない。したがつて登記官吏のなす処分に対しては抗告訴訟を提起すべきであるとする限り供託の場合にこれと異別にとり扱う十分な根拠を見出すことは困難である。

(ロ)  供託者は供託を有効とした判決が確定したのちは右訴訟が供託者の提起にかかる場合であつても供託物を取戻すことができない。この供託を有効とする判決は供託当事者間においてなされるものであつて、私法関係説からすれば供託所に対しなんらの効力をもたない筈のものである。しかるに右判決が確定したのちは被供託者の受益の意思表示の有無にかゝわらず供託者は供託物を取戻す権利を失い、供託所は右取戻請求に応じてはならない義務を負担する。その他供託当事者間における供託の有効無効にかかわりなく供託所と供託当事者との関係は法規によつて定められており、供託所においてこれと異なる処置をなしえないことは勿論、供託当事者双方の合意を以て右と異なる有効な定めをなすことをえない。これらのことは公法説による方が私法説によるよりも一層理解が容易な事例であるが、その他にも実際問題となる例は極めて稀であろうけれども理論上、表見代理の規定の適用や、供託所そのものを債務者として民法第四九四条但書の適用ありや(例えば供託物は自己の所有であり、他人が不法にこれを供託したものであることを主張して供託所に対しその取戻を請求したものがある場合)の問題および供託所を債務者とする供託金銭取戻の強制執行に対する配当加入許否の問題等前記二において説明した立場によつて考察する方が解決容易であると思われる事例は原判決に摘示せられた分を含めてなお相当あるものと考える。

四、ところで供託事務が公法事務であるとして、それは公法上いかなる分野に属するものであろうか。この点につき当裁判所は供託事務はその本質においては非訟事務であるが、形式上においては一般通常の行政事務であると解する。けだし供託制度は国民の文化教育、福祉厚生等の増進を目的とするというよりはむしろ私法秩序の維持安定を直接の目的とする基本的な制度であるからその事務を営造物管理事務(営造物管理関係で私法関係に属するものが多分にあることはいうまでもない)と解することは相当でなく、またこれによつて私権に消長、変更をきたすものであるからその実質において非訟事務たる性質を有するものというべきである。しかし現行法規は形式上これを裁判所の管掌下におくことなく、純然たる行政庁をして管掌させているのであるからその限りにおいて供託事務は一般行政事務であると解するのほかはないのである。

五、前述のごとく供託官吏のなす処分を行政処分と解する以上これに対する不服の申立は訴願前置主義の建前として裁判所に出訴する前に先ず行政事件訴訟特例法第二条供託法第一条の三によつて監督法務局長又は地方法務局長に対する異議の申立によつてなさるべきことは原判決の説示するとおりである。

控訴人は本件においては大阪法務局において控訴人の申請が却下せられたのであるから更に大阪法務局の長に異議の申立をすることは無用の手続を重ねるのみであり、殊に控訴人の求める処分は純然たる一義的のものであり、しかも私法的判断によつてその採否が決せられるものであつて、かような場合には直接裁判所の判断を求めることができる旨を主張するけれども、右特例法第二条は行政処分に対し訴願をなしうる旨の規定があるときは当該行政処分に対する司法権の発動を求める以前に、特段の場合を除き先ず行政権自体による自己修正の申立をなすべきことを規定しているのであり、このことは行政処分が通常多目的であり、且つ迅速を旨とするものであること等のみの理由にもとづくものではなく、三権分立の建前上行政権の地位に対する配慮からもでたものであるから、本件のように当該行政処分が一義的に、しかも私法的判断によつて決せられるものでありその実質において当然司法権の対象となるべきものである場合においても、いやしくも行政庁の公法的処分である以上その取扱を異にすべき筋合いでなく、よつて控訴人の主張は之を採用しない。

六、本件訴訟は控訴人の見解によれば国を相手として供託金取戻請求権を訴訟物とする通常の民事訴訟であるようである。もしそうだとすればこのような私法上の権利は法律上存在しないのであるからこの理由にもとづき右訴を不適法として却下するのが相当である。しかし原審裁判所は本件訴訟は当事者の主観にかゝわらずその実態において供託金取戻請求却下処分の違法を攻撃する抗告訴訟であると認め(このことは控訴人の当審における主張二に徴してもその正当なことが明らかである)、よつて所管の大阪法務局長に対する異議申立を経由しないて(このことは控訴人の主張自体からして明らかである)なされた点に本件訴訟の違法性を認めてこれを却下したのである。

右原審裁判所の措置は正当であり、また同裁判所が控訴人主張のごとき釈明しなかつたとしてもこれを以て原判決を取消す理由とはならない。

七、以上の次第で原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし民事訴訟法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

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